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太くて甘みが強く、すき焼きにピッタリな「矢切ねぎ」と「矢切の渡し」



矢切ねぎが本格的に栽培されるようになったのは明治3~4年頃。現在の足立区千住から「千住ねぎ」の種子を譲り受けて栽培を始めたという。種は、対岸に農地を持つ農民の渡しであった「矢切の渡し船」に乗ってやってきたのかもネギ。


矢切の渡し(松戸市観光協会による)

小説「野菊の墓」や、歌謡曲「矢切の渡し」で有名な江戸川の農民渡船で、矢切と葛飾区柴又を結んでいます。徳川幕府は江戸防衛のため川に橋を架けませんでした。街道に続く渡し舟は厳しく管理されていましたが、一方で対岸に農地を持つ農民のための渡船は許されていました。旅人の中には事情により街道の経由がはばかられ、農民に扮装して川を渡る者もあったといいます。歌謡曲の冒頭「連れて逃げてよ」はこの描写なのかもしれません。


てんてんけんの自転車ツアー

江戸川サイクリングで矢切の渡し辺り(松戸側)に来ると、土手から見下ろす川の反対側に、のどかな矢切耕地が広がっています。せっかくここまで来たのなら、この風景を走って農家まで行き、矢切ねぎを買って帰りたいもの。てんてんけんの江戸川サイクリングでは、オプションでこうしたねぎ農家への訪問も用意しています。(時期はねぎが収穫できる12月~3月末くらいまで)



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